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	<title>ボイストレーニング東京フリーダムミュージックスクール</title>
	<link>http://www.freedom-vocal.com</link>
	<description>ボイストレーニングなら東京高円寺のフリーダムへ！まずは無料の体験レッスンをどうぞ♪　　TEL 03-5307-5233　受付時間:12:00〜23:00（金曜定休）</description>
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		<title>作詞学講座①　作詞の基礎知識　その①</title>
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　これはいろいろな歌の詞をとりあげては、その歌詞のどこがどうすばらしいのかを分析していこう…という講座です。普段なにげなく聴いて、いいなーと思っている歌のどこにプロとしてのワザがあるのかを明らかにしていきます。

歌の詞はメロディがあって、はじめて作品として成り立つものです。それをメロディから切り離して、批評したり解説したりするのは難しい作業です。

無理と言いきる人や、無駄と断定する人もいるでしょう。その証拠として、歌詞の批評と証する本のほとんどが、メロディはないことにして、現代詩のように独立した作品として歌詞をあつかっています。書き手の「歌詞は音楽作品ではなく、文学作品なのだ。誰がなんと言おうと、絶対にそうなのだ」という歯ぎしりが行間から聞こえてきます。

当然の結果として、メロディを持っているがゆえの言葉のリズムの問題や、言葉の選び方といった視点は無視され、印象評にかたよることになります。歌詞の批評がジャンルとして確立していないのには、この辺りに理由があると思われます。

歌詞のおもしろさは、メロディという制約があるからです。制約は「きまりごと」であり、それを守るには「技術」が必要になります。職人としての「技術」と、芸術家としての「ひらめき」の融合が歌の詞のおもしろさなのです。

そこで、この章では「作詞の技術」「作詞の基礎知識」について書いていきます。

まず、この本で用いる音楽用語の説明をします。音楽用語というものは以外と意味の統一がなされていないのです。違う意味にとってしますと簡単な説明が煩雑になってしまうので、しばらくおつきあいください。

例えば、「曲」という言葉があります。

「○○の今度のシングルいい曲だね」
といった場合、「曲」はメロディ（旋律）と歌詞、さらに歌唱と伴奏、さらに編曲（アレンジ）まで含む完成した音楽作品を指します。ところが、あるバンドのメンバーが歌詞を作り、ほかのメンバーにこう言ったらどうなるでしょうか。

「オレ、詞書いたんだけど曲つけてよ」
この場合の「曲」は「メロディ＝旋律」という意味になります。
このように「曲」という用語は「完成された音楽作品」と「メロディ＝旋律」両方の意味があるのです。

「歌」という用語もあいまいに使われています。　
「○○の今度のシングルいい歌だね」
では、「歌」は「曲」とまったく同じ意味で使われるのに対し、
「曲はいいんだけど、歌がいまいちだね」
　
では、メロディと歌詞は良いが、歌っている歌手の歌唱に問題があるという意味になります。つまり「歌」は「歌手の歌唱（力）」という意味になるのです。
　
なぜこのようなことがおきるのか、それには理由があります。

「歌」の問題は、日本語の問題です。名詞としての「歌」と動詞としての「歌（う）」と行為の結果としての「歌」が、すべて一つの言葉でまかなっているので、混同がおきるのです。

「曲」の問題は、クラシックとポピュラーミュージックの問題です。
ポピュラーミュージック（この語句の定義は後で書きます）で使われる用語は、それ以前からある音楽用語を使っているので、明確な定義や、意味の統一がなされていないのです。

クラシックで作曲というとメロディだけでなく、オーケストラ全部の譜面を書くことになります。オーケストラが発するすべての音を作るのが、作曲家の仕事です。それに対して、ポピュラーミュージックで作曲というとメロディを作ることです。「作曲」あるいは「作曲家」という用語をクラシックから借用して使っているので、このようなことがおきています。

もっと厳密な言い方もあります。メロディだけを作る人を「メロディメーカー」といい「作曲家」と分ける言い方があります。このように表現すると、クラシックの作曲家（オーケストラ全部の音を作る人）＝ポピュラーミュージックの作曲家（メロディだけを作る人）＋編曲家（編曲をして伴奏を作る人）となり、論理的整合性が保たれるのですが、この本の趣旨は「音楽用語の論理的統一に関する考察と提言」ではないので、これ以上踏みこむのはやめにしましょう。
それでは、この本における統一見解を示しておきます。

【歌】
メロディと歌詞でできている音楽作品。

【メロディ】
　旋律。メロディという用語は一般的なので、この本では旋律ではなくメロディと書きます。

【歌詞】
単に詞という言い方もありますが、「詩」と混同しやすいので、メロディにのって歌われる詞は「歌詞」あるいは「歌の詞」と書きます。

【曲】
完成した音楽作品を表すときに使います。つまり、作詞、作曲、編曲、歌唱、伴奏すべてがなされた録音作品、あるいは演奏を指します。

【歌唱】
歌手によって歌われた歌。わかりにくいです。日本語では作られた作品も「歌」それを表現する行為も「歌（う）」そして発せられた音も「歌」なのでわかりにくくなってしまいます。英語だとわかりやすいのです。作品はソング（song）行為はシング（sing）発せられた音はボーカル（vocal）となります。この方がわかりやすいので、「歌唱」はやめにしましょう。

【ボーカル】
歌唱。歌うという行為によって発せられた音としての歌。

【ポピュラーミュージック】
二十世紀以降現在に至るまで、商業的に作られた音楽の総称。
適当な訳語がないので、このまま使います。ポピュラーミュージックの歌を指す時に「ポピュラーソング」という表現も使います。ポピュラーミュージックを直訳すると「大衆音楽」でしょうか。ポピュラーソングの訳語としては、個人的には「流行歌」あるいは「はやり歌」が好きなのですが、「ロック」や「ジャズ」は「流行歌」ではない、などと強く主張する人と論争をする気はないので、やめておきましょう。「ポピュラーミュージック」はなかなか定義しにくいのですが、「ポピュラーミュージック」以外にどんな音楽があるか考えてみるとわかりやすいでしょう。
●	伝統的音楽および、民謡、民俗音楽。
●	クラシックとクラシックから派生した現代音楽。
●	実験的音楽あるいは、芸術的で売る気のない音楽。
　こんなところでしょうか。
乱暴な言い方をすればこれら以外の音楽はすべて「ポピュラーミュージック」ということになります。その結果、まったく売れない（大衆に知られることなく、流行することもない）「ポピュラーミュージック」が世界中にあふれるという矛盾が起きますが、事実ですので良しとしましょう。

以上、用語の定義も終わりましたので、本題に入ります。
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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/604</link>
			</item>
	<item>
		<title>歌とは？</title>
		<description>歌とはメロディに歌詞が付いたものでしょうか？

それとも

歌詞にメロディが付いたものでしょうか？

どっちだっていいんじゃない、何て思っている人はいつまでも歌はうまくなりません。

私の考えでは歌は歌詞にメロディがついたものである、です。

なぜならば、トーキングという唱法があります。その名の通り、喋るように歌う唱法なのですが、さらに進んで、音楽に合わせて音程もつけずに喋るだけで、歌のうまい人は歌として成立させてしまいます。

逆はどうでしょうか？

英語の発音の悪い人の英語の歌がうまく聴こえないのは、英語が本来言葉として持っている英語のノリが出せないからです。

I Love You と正しく発音すれば、喋るだけで歌として成立しますが、いくら良い音程とリズムで歌っても、アイ　ラブ　ユー　では下手に聴こえてしまいます。

ですから、歌を歌うときはまず歌詞を朗読して歌詞をしっかりと自分にしみこませてから、メロディをつけていくくらいの気持ちが必要なのです。 </description>
		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/602</link>
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	<item>
		<title>発声のしくみ③</title>
		<description>声帯で作られた声はのどに響き、口腔内に響き、最終的には頭蓋骨に響きます。

頭蓋骨には空洞があり、頬の下にある空洞に一番声が響くといわれています。

すぐれたオペラ歌手は指先まで声が響くといわれますが、あながち嘘ではないと思います。やせた人と太った人、華奢な人と筋肉質の人では、明らかに声の質や響きが違うからです。

声質は本来持っていいるモノですが、発声によって変えることもできます。

いわゆるベルカント唱法では口を大きく開けて明るい声を出すのに対して、演歌やカントリーの歌手は口を閉じたまま、独特の発声をします。口を閉じるのは声質を変えるためであると考えられます。


東京高円寺のボイストレーニング教室、ボーカル教室、フリーダムミュージックスクール </description>
		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/597</link>
			</item>
	<item>
		<title>発声のしくみ②</title>
		<description>声帯という組織は不思議なもので、意識で筋肉をコントロールできない器官であることは前に書きました。

表声（地声ではありません。地声で歌を歌うことはほとんどありません。地声と表声使い分けをできている人はほとんどいないのが現状です）でも、低い表声と高い表声では声帯の振動の仕方が違います。

歌のうまい人は感覚的に表声出すとき、低い声のときは地声部分（重要なのはこのときファルセット部分の声帯も振動しているので表声になることです）を多く振動させ、声が高くなるにしたがって、ファルセット部分を出す声帯をより多く振動させることです。

ボイストレーニングがしっかりできてない人はこの声の切り替えポイントがなめらかにならず、突然声が裏返ったり、咽に無駄な力が入ったりするのです。

東京高円寺のボイストレーニング教室、ボーカル教室、フリーダムミュージックスクール </description>
		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/590</link>
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	<item>
		<title>発声のしくみ①</title>
		<description>ボイストレーニングの教室でも以外と発声のしくみについて説明してくれるところは少ないようなので簡単に解説します。

声帯は非常に小さな器官で人によって違いはありますが、長さ数センチ幅数ミリです。

声帯には地声を出す部分と、裏声を出す部分があり、喉仏に近いところの一部分が裏声を出す部分で、ほとんどが地声を出す部分で占められています。

ゆえに、裏声で発声すると地声を出す部分の声帯が触れ合っていないので、息もれした声になります。

ファルセットを出すときは裏声とは違い、声帯全部が使われています。ただ、表声のときほど地声部分が振動していないのです。

表声のときも同じで、声帯すべてが振動していますが、裏声部分の振動が少ないのです。

このように、声帯のどこを振動させるかによって、人はいろいろな声を出しているのです。

東京高円寺のボイストレーニング教室、ボーカル教室、フリーダムミュージックスクール
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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/570</link>
			</item>
	<item>
		<title>ソングライティング（作詞・作曲）の話③</title>
		<description>楽器ができないと、作曲ができないと思っている人がいますが、楽器ができることと作曲の能力とは何の関係もありません。

ちなみ私はドラマーで、ギターは弾けませんし、ピアノもコードを押さえられる位で、曲は一曲も弾けません。

作曲するときは、すべて頭の中だけで、浮かんだメロディーを譜面におこすだけです。

作曲能力はその人のメロディー感覚、ハーモニー感覚が重要で、耳が良ければ楽器ができなくても作曲はできるのです。

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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/567</link>
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	<item>
		<title>ソングライティング（作詞・作曲）の話②</title>
		<description>作者不詳の音楽には、様々な歌詞がついていることが良くあります。

民謡や刑務所で作られた歌などがそれに当たります。

きっと、いろいろな人が自分流に歌詞をアレンジしたり、新たに作ったりして、そういう事になったのでしょう。

子供の頃、替え歌を歌った人は多いと思います。新たな替え歌を作ったことのある人もいるでしょう。

これこそが、ソングライティングの一歩、作詞の一歩ではないか、と考えます。

民謡にしても、正調とか、なんとか調とか、メロディーにも違いがある場合があります。ということはメロディーも現在伝わっているものだけでなく、もっとたくさんあった可能性も考えられるのです。

とすれば、それもソングライティングの一歩、作曲の一歩である、言えるのです。

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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/564</link>
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	<item>
		<title>ソングライティング（作詞・作曲）の話①</title>
		<description>シンガーソングライターとは作詞、作曲した自作の歌を歌う人のことです。

これはシンガー（歌手）＋ソングライター（歌を作る人）を合わせた造語です。

ということは、シンガー抜きのソングライターもいるということです。

歌わないで作品だけを作っている人はあまり表に出てこないのですが、作詞作曲両方をこなしたソングライターはいっぱいいますし、アメリカには作詞家と作曲家の有名なコンビも多数います。

超有名どころとしてはコールポーターが作詞作曲両方をこなしていましたし、日本では浜口庫之助がいました。浜口庫之助は歌も歌っていましたので、日本のシンガーソングライターの先駆者といってよいと思います。

歌は誰にでも作れます。

何故そう断言できるのか？それはまた次回…

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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/561</link>
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	<item>
		<title>声帯と腹筋の関係③</title>
		<description>声帯はすごく小さな器官です。

もちろん大きさには個人差がありますが、長さ数センチ、幅数ミリといわれています。

声帯の構造と出せる声については、また改めて書きますが、ごく大雑把に言うと、声帯が軽く閉じている状態（つまり左右の声帯が薄く当たっている状態）の時に出る声が裏声です。それより強く閉じるとファルセット、さらに強く閉じると表声、さらに強くなると地声になります。

ざっくりとそう考えていただいて結構です。（正確に書くとこんなには簡単ではないのですが、今回は腹筋と声帯の関係についてなので、これ以上は機会を譲ります）

裏声とファルセットはもちろん違う声なのですが、違いが分からない人は、裏声とは歌で使えないほど、か細く息もれのする声、と考えてください。

高い表声を出そうとする時に、まずきれいなファルセット（裏声ではありません）で高い声を出します。

この時、声帯は表声を出す時ほど強くは触れ合っていません。

その状態から、腹筋に力を入れると（実は背筋も深く係わっているのですが、背筋は意識しづらいので、腹筋を意識します）声帯だけが強く触れ合い、表声を出せる状態になります。

そして、息を強く出せば、ストレスなく高い表声が出せるのです。

不思議ですが本当です。

動画レッスンのvol.7で詳しく説明していますので、参考にしてください。




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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/558</link>
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	<item>
		<title>声帯と腹筋の関係②</title>
		<description>声帯はどこの筋肉でコントロールしているのか分からない器官であることは前回書きました。

でも、無理やり喉まわりの筋肉で声帯をコントロールしようとする人がいます。こういう人が高い声を出そうとすると、いわゆる喉を閉めた悪い発声になってしまいます。

良い発声で声が出ている時は、喉まわりの筋肉はリラックスしています。と言うか、リラックスしているように感じます。声帯を引っぱっている筋肉は力が入っていても入っていると感じないからです。

それでは、声帯をコントロールできる筋肉は無いのでしょうか？

実はあるのです。

それが、なんと腹筋なのです。

腹筋と声帯の不思議な関係については、また次回。

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		<link>http://www.freedom-vocal.com/archives/556</link>
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