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作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 4

芝居にはストーリー=物語があります。

物語とは「人と人」「人と神」「神と神」「人と動物」「動物と動物」「人と自然」「動物と自然」のように、「何か」と「何か」の関わりを描いたものです。

前衛的な芝居を例外として、主人公が何とも関わらない物語はありえません。

一人芝居であっても、舞台上の見えない誰かと関わったり、過去に関わった誰かとの物語を語ったりします。芝居ではありませんが、パントマイムでも見えない壁や、階段や、風船や、風との関わりがあり、物語ができています。

観客が物語を知るためには、登場人物それぞれの関係性がよくわからなければなりません。

「素性のわからない人A」が理由もわからず「素性のわからない人B」を殺し、誤解から「素性のわからない人C」が警察だか、軍だか、秘密組織だかわからないところから来た「素性のわからない人D」に逮捕され「どこだかわからない場所」に監禁され、死んでいく。

こんな物語は不条理劇としては成立するかもしれませんが、多くの観客は二度とその芝居を見には行かないでしょう。

芝居では登場人物の「素性」と「関わり」を明らかにする台詞が必ずあります。「素性」と「関わり」が明らかになれば、「関わり」の変化こそが「物語」として観客に認識されるのです。

物語を成立させるもう一つ重要な要素として「始まった物語は必ず終わらなければならない」ということがあります。

物語の構成を表す言葉として「起承転結」がありますが、絶対に必要な要素は「起」と「結」です。メビウスの輪のように結末が始まりとまったく同じシチュエーションに戻り、永遠とくりかえされる物語もあり得ますが、それでさえ「起」と「結」はしっかりと存在します。

観客が知りたいのは
①登場人物の素性と関わり=起
②関わりの変化の終了=結

突き詰めればこの二つです。この二つの間に様々な、おもしろい関わりの変化(承と転)があれば、観客はさらに喜びます。

芝居を見る観客の存在は「タイムトラベラー」に似ている、と前に書きました。「タイムトラベラー」は過去に行った時、過去の人や事件に関わって歴史を変えてはいけない、という大原則があります。

パラレルワールドの概念を持ち込めば、関わってもいいことになりますが、話が煩雑になるのでここでは過去に関わってはいけないこととします。

「タイムトラベラー」が過去に関わってはいけないように「観客」は芝居に関わってはいけません。

江戸時代、初めて歌舞伎を見た侍が舞台で行われていることが芝居だとわからず、悪役の役者に切りつけた、という事件があったそうです。こういうことをしてはいけません。

映画が発明された当初、初めて映画を見た人はスクリーンの右から左へと走り去った汽車が、どこへ行ったか不思議がったといいます。

映画や芝居は、誰が教えてくれなくても、みんなが知っている数々の約束事で成り立っているのです。これを文化と呼ぶわけですが、その文化を知らなければ、芝居と現実の区別さえできなくてあたりまえなのです。

芝居において観客は覗き見るだけの受動的な立場に甘んじているかわりに、役者(作者)は「起承転結」のはっきりとした物語を提供しなくてはなりません。

これが芝居における「物語」なのです。


作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 5



by フリーダムミュージックスクール・東京高円寺作詞講座作詞教室

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