作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 9
叙事詞が日本であまり書かれない、そしてヒットしにくい要因に日本語の問題があります。
英語はその特性上短い単語であれば、一つの音符に一つの言葉をのせることができます。
”I Love You” も”I Need You” も”I Miss You”も三つの音符で収まります。
しかし、これを日本語式に発音したとたん、「アイラブユー」「アイニードユー」「アイミスユー」と五つあるいは六つの音符が必要になります。
前にも書きましたが、英語は一音節に一つの音符であるのに対し、日本語では一音(おん)一音符なのです。
つまり、同じメロディに歌詞をのせる時、言葉の数だけでも日本語は英語の半分以下の情報量しかのせられないのです。意味も合わせればもっと切実です。
ここでは、これ以上深くは書きませんが、日本語と英語の性質の違いがあり、日本語の歌の情報量には限りがあるのです。
日本でも浄瑠璃や謡曲など叙事詞の伝統がありますが、それはかなり長い作品になります。
前章で書いたとおり、ポピュラーミュージックの始まりは自然発生的歌の形式を受けたものでしたから、AAA形式の短いメロディに合う歌詞は日本では叙情詞になったと思われます。
日本には和歌という叙情詩の伝統がありましたから、短いメロディにのせる短い歌詞を作るとき、七五調や五七調の叙情詞が選ばれたのは自然な流れだったのです。
アメリカのポピュラーミュージックにおいて叙事詞が地位を確立しているのには、言葉の特性以外に理由があると思われます。
アメリカは歴史のない国ですから、音楽の歴史もありません。アメリカで始めて創造された(つまりアメリカ発オリジナルな)音楽は黒人霊歌であるとされています。それ以前にあったのはヨーロッパの音楽だけでした。
黒人たちにも故郷アフリカの部族の音楽はありましたが、白人によって禁止されていました。黒人たちの故郷の音楽は祭りであり、祭りは宗教であったのです。黒人たちの団結と反乱を恐れた白人が、彼らの宗教と音楽を禁じたのは白人側からは当然だったのです。
当初、黒人たちにはいかなる宗教も信仰することは許されていませんでしたが、十九世紀に入るとキリスト教の信仰のみが許されます。しかし、彼らは字が読めませんでしたから、牧師や神父から聞いた聖書の物語を歌にしました。
それが黒人霊歌です。
黒人霊歌はすべてのポピュラーミュージックのルーツであるとされています。
黒人霊歌は歌詞の内容としては信仰告白が多く、叙事詞とはいえませんが、題材はほとんど旧約聖書の物語からとられています。アメリカに叙事詞が根づいているのは、キリスト教文化圏として、聖書という経典でも、神話でも、物語文学でもある書物に親しんできたからであると考えられます。
もう一つの理由として、かつてポピュラーミュージックはニュースメディアでもあったことがあげられます。
ラジオやテレビのない時代、実際に起きた事件や事故を歌詞にして歌って人々に知らせるという伝統がアメリカにはありました。それは当然叙事詞で、三人称で歌われました。
これこそがフォークソングの始まりとされています。
その流れは現在まで受け継がれています。日本でも実在の人物や事件をとりあげた歌の例として「唐人お吉」などの歌がありますが、「唐人お吉」は叙事詞ではありません。
日本において叙事的な歌の流れは、明治以降浪曲にうけつがれました。系統は違いますが(浪曲は説教節、祭文の系統)浪曲は浄瑠璃と同じく、語り(メロディのない部分)と歌があり、作品は長いのが特徴です。
その浪曲の流れをうけて作れた歌謡曲の中に「明治一代女」があり、間奏部分で台詞が入ります。『天保水滸伝』をもとに作られ、三波春夫が歌った『大利根無情』も長い台詞が入ります。これらの歌は聴き手がもとの物語を知っていることを前提として作られているうえに、せりふも重要なわけですから、叙事詞とはいえません。
浪曲は1950年代にピークをむかえました。その後の衰退期を含めると、かなりの長きにわたってポピュラーソングとともに歩んできたことになります。
叙事詞に対する大衆の欲求は歌謡曲ではなく浪曲に向いていたのです。浪曲の衰退の後、ポピュラーソングという表現形式に日本の叙事芸能の伝統が受け継がれなかったのは、その時点で歌謡曲が叙事に偏らず物語を表現する独自のスタイルを確立したからであると思われます。
そして、歌謡曲はその後も発達していったのです。
以上、日本においてなぜ、叙事詞が成立しにくいのか、わかっていただいたところで、この章の本題である『およげ!たいやきくん』に入りましょう。
作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 10
by フリーダムミュージックスクール・東京高円寺作詞講座作詞教室


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