作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 7
歌手はこの歌がヒットした当時の朝丘雪路、聴き手は同年代の女性であるとします。
聴き手であるA子(専業主婦、子供二人、亭主サラリーマン)がテレビを見ています。
朝丘雪路が登場し、『雨がやんだら』を歌い始めます。
「雨が止んだら お別れなのね 二人の思い出 水に流して」
朝丘雪路の歌う姿を見ているA子は、「主人公=朝丘雪路」であると認識します。主人公の素性などわからなくてもかまいません。朝丘雪路が歌っているのですから、彼女の姿形、声、キャラクターが主人公そのものなのです。
つまり、「大人の女性の別れの物語」であることは、この時点でわかります。
「二度とあけない 南の窓に ブルーのカーテン 引きましょう」
A子が育ったのは東北地方の農家、今は亭主の会社の社宅住まいです。しかし、心の中ではこの歌に似合いそうな、おしゃれなマンションを思い浮かべています。
「濡れたコートで 濡れた身体で あなたは あなたは 誰に 誰に 逢いに行くのかしら」
A子は見合い結婚で、恋愛経験もほとんどありません。しかし、この時点ですでに主人公=朝丘雪路=自分であると思いこんでいるので、乏しい恋愛経験から、この歌のシチュエーションにあてはまる過去の出来事をさがします。
三回だけデートをして別れた男がいました。四回目のデートをすっぽかされてそれっきりだったのですが、その時の経験と今まで見た映画や芝居やテレビドラマの別れのシーンを融合させることに成功します。
「雨が止んだら わたしはひとり ドアにもたれて 泪にむせぶ」
A子は男と別れて、泣いた経験などありません。
しかし、去年父親が亡くなりました。今まで生きてきて、あんなに泣いたことは初めてでした。その時の想いが歌と重なります。
「雨が止んだら 出て行くあなた 冷たい靴音 耳に残して」
A子が住んでいる社宅は狭い2DKですが、鉄筋コンクリート造りですから、廊下に足音が響きます。雨の日に亭主が帰ってくる時に聞こえる靴音が、今は別れの靴音となり聞こえてきます。
「あなたがつくった インクのしみを 花瓶をずらして 隠しましょう」
A子が小学校の時、好きだった男の子がいました。そのB夫くんはA子の隣の席に座っていて、授業中A子のノートによく落書きをしました。A子はいつも怒っていましたが、内心うれしかったのです。そのB夫くんが転校したあと、A子は落書きを見て切なくなりました。
その記憶がよみがえってきます。
「濡れたコートを 濡れた身体を あなたは あなたは 誰に 誰に あたためてもらうの」
あなたはなぜ私を置いていってしまうの。A子はすっかりその気です。
「雨が止んだら わたしはひとり あなたのガウンを まとってねむる」
A子の心の中で今まで好きだった男(ただし、付き合ってもいないし、告白もしていない)のキャラクターが融合します。
しかし、外見はなぜか今大好きな俳優、加山雄三になっています。
「なぜ私を捨てていってしまうの」A子は加山雄三に訴えかけるのです。そして歌が終わる時、A子は男に捨てられた薄幸のヒロイン(外見は朝丘雪路)になっているのでした。
極端な例だと思いますが、人は歌に感情移入する時に、無意識的にこのような作業をしていると思われます。
現実には一回聴いてすぐにこのような作業をするのではなく、聴き、自分でも歌うという行為をくりかえすうち、知らず知らず歌詞の世界に参加していくと思われます。
恋愛経験がもっと豊富で、実際に同棲相手に逃げられた経験などあれば、話はもっと簡単です。しかし、経験がなくても共感を得ることや、感情移入して主人公を自分と同一視することは可能なのです。
以上が、歌の不完全な「物語」に聴き手が参加して自分なりの「物語」を創りあげるメカニズム(仮説)です。
作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 8
by フリーダムミュージックスクール・東京高円寺作詞講座作詞教室