作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 19

たい焼きは焼かれることで誕生します。蒸しても、茹でても、揚げても、冷やしても、叩いても、伸ばしても、たい焼きにはなりません。

「ぼくら」は鉄板の上で焼かれることに嫌気がさしています。でも、焼かれなければ「ぼくら」は誕生しません。この矛盾は、たい焼きとしての存在の矛盾といえるでしょう。

さらに、ここで注目すべきは「ぼくら」と「ぼく」を使い分けていることです。

集団としての「タイヤキ」である「ぼくら」と、個としての「タイヤキ」である「ぼく」は違うのです。

このことによって、「ぼく」は複数形で語られる「タイヤキ」から、つまりお菓子の名称にすぎない「タイヤキ」から、独立した一個の「タイヤキ」へと自立したことがわかります。

この時「ぼく」は、はみだし者でありながらヒーローである存在、アウトサイダーになったのです。

ここまでに、この歌詞に一つだけウソがあります。

たい焼きは鉄板の上で焼きません。鉄板とは平らな板状の鉄ですから、鉄板の上で焼くのはお好み焼きです。

しかし歌の詞において、この程度のウソ=ごまかし=トリックは許される範囲です。

というのも、ここでは、「ぼく」がなぜ逃げたのかを、つまり焼かれてつらかったことを、語ることが不可欠だからです。かといって事実に忠実に鉄板ではなくたい焼き機(正式にこういうのかどうか知りませんが)ではメロディに乗りません。

「タイヤキキ」では発音がしにくいし、音(おん)としてなじみがありません。聴いても「たい焼き機」なのか「タイヤ機器」なのか「タイヤ!危機!」なのか「鯛や!喜々!」なのかわかりません。これが、「たい焼き機器」や「たい焼き製造機器」だったら、もうお手上げです。

「テッパン」ならば音の響きもよいですし、大概の人がすぐにイメージできます。事実より伝わるイメージを大切にしているのです。歌の詞は聴いて伝わることを第一に考えるので、この程度のトリックは作詞のテクニックの範囲なのです。


作詞講座第二章 叙事詞はたいやきに学べ 20

by フリーダムミュージックスクール・東京高円寺作詞講座作詞教室

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